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不妊治療中のともだちとの距離って・・・

日頃カウンセリングをしていてよく聞かせていただくことのひとつに、「不妊治療中の友だちとの距離」というテーマがある。




多くの方が、不妊治療をせずにママになった友だちや、治療してすぐ妊娠した友人に対して羨ましさが募ると言い、羨ましさが妬ましさに変わると吐露されるケースも少なくない。


「なんで自分はみんなと同じようにママになれないの?」と、自分自身に刃が向くようになり、自分の価値を否定してしまうようになったりもする。


そして、子どもができないという純粋な悩みの他に、また別の悩みが発生する。


- 自分の心の狭さ

-  人の幸せを喜べた過去の自分の喪失

- 妬みを持つ卑しい自分


「人の幸せを喜べないなんて、わたしってなんて心が狭いんだろう」

「以前は人の幸せを喜べたのに、すごく変わっちゃった。こんな私、好きじゃない」

「妬むなんて、わたしは最低だ・・・」

などなど、自分を否定する言葉が次々出てくる。


でも、苦労しても苦労しても手にできないものを、他の人がいとも簡単に手に入れているように見えたら(簡単かどうかはその人にしかわからないわけだけど)、それは羨ましくもなるし、妬ましくなるのも当然のこと。妬ましくなるほど身も心も粉にして奮闘しているということであって、感情的には極自然。極めて"人間らしい"感情の動きなのです。


だから、妬ましく思ってしまったとしても、あなたは神様・女神様ではなく人間なのだから、いいんです。そこまで追い詰められている自分に、「そうだよね、そうだよね、そうも思いたくなるよね」って、頭、じゃなく、こころを撫でてあげてください。


とはいえ、撫でたからといって、落ち込みがなくなるわけでもないわけで。

ベビーを抱く幸せそうな様子を目の当たりにすれば、また落ち込むことになる。


そういう機会を持つことが怖くなるよね。

仲良しの友だちがママになっただけなのに。

つらいよね。


そんなときは、無理して会わなくてもいい。

「会えるかな?」

「会うのがつらいな」

って思ったら、それはこころのSOS。

そのシグナルは大事に受けとめて。



仲良しなら、人生ずっと一緒に同じルートで山登りができるのだろうか・・・。

残念ながら、まずできない。

途中で別の道を行かざるを得なくなる時が、ある。


でも、縁があれば、道はまたどこかで重なるものなんじゃないかな。



今年の5月、薔薇を愛でる友人宅で中学高校時代の友だちが集まった。

独身組、再婚組、まだまだ子どもに翻弄されている友いれば、孫ができて肩の荷をおろしている友もいて、みんな本当にそれぞれ。


ワイワイやっていたなにかの拍子に、気づいたら、不妊治療をしていた時の私の心情を話してた。


「あの時、みんなにこんな風に聞いてもらえたらよかったな。でもあの時は言えなかったんだ」


それぞれが少し落ち着いて、また定期的に会うようになってるのに、15年以上前のことが自然に言葉になり、涙が溢れてた。


ゆっくり頷きながら、私の涙を受けとめてくれた仲間たち。

あったかくて安心できる場所。



それぞれがいろんな経験をして、また重なった。

ともだちはそれがいい。


それでいい。




オフィス永森

一般社団法人MoLive(モリーブ)

代表

永森咲希





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