• 永森 咲希

「平成家族 」(朝日新聞出版)に掲載されました P189】

【「平成家族 -理想と現実の狭間で揺れる人達-」(朝日新聞出版)に掲載されました P189】


私が昨年取材を受け新聞紙面で扱っていただいた記事が、4月20日発行の書籍に掲載されました。第4章「産む」の中の「CASE43:子どもをあきらめても続く苦しみ「わかち合い」の場作るカウンセラー」(P189)です。


今の時代を生きる多様な人々が、どんな環境でどんな思いで生きているのか、多くのCASEについて綴られていて、大変興味深い1冊です。



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昭和生まれの私が就職した時は、携帯電話もインターネットもなく、外で電話する時は公衆電話、海外とやり取りするのはFAX。新人の時の朝イチの仕事はFAXの仕分けだったりしたこともあった。


携帯電話がなかった頃、友人との約束に遅れそうな時どうしてたっけ?

メールがなかった時、仕事への関わり方ってどんなだった?


この30年ほどを振り返ると、その劇的な変化に恐ろしいくらいの驚きがある一方、その日、その時代に特に違和感なく変化を受け入れながら、馴染みながら生きていた感覚もある。だからなんというか、”いつの間にか”こんなに変わってた、みたいな。


この時代の変化を振り返るきっかけになったのは、この4月20日に発行になった朝日新聞出版の「平成家族」。


朝日新聞社の20名ほどの記者たちが取材したさまざまな人々の実態と思いが詰まった1冊で、「単身社会」「食」「働き方」「産む」「ポスト平成」といった5章から構成されている。


”皆んなが同じ”が基本路線だった昭和の時代。時の流れと共に”皆んなが同じ”であることが難しくなり、”違った立場”が急激に増加した平成。人は誰でも自分中心に世界が回っているのだろうけれど、この本は、どれだけ多くの自分と違った立場の人々が生活を営み、生きているかをおしえてくれる。立場や環境が異なれば、価値感や考え方も変わるだろうことを、身近な感覚で想起させてもくれる。


朝日新聞withnews編集長の奥山氏が書かれた”あとがき”の中に、「なるべく普通の人を取り上げる」ということを意識したとある。過去の報道機関の伝え方は「大きな主語」を意識しがちだったけれど、この企画は「当事者という『小さな主語』を大事にした」と。まさにそれが伝わってきた。


私が取材を受けた分野は、第4章の「産む」。

いい本に違いないけれど、ひとつ感想を。


章冒頭の説明に「『産む』『産まない』をめぐる多様な選択肢は、多くの人に喜びと同時に苦悩をもたらし、それぞれが自らの決断に納得を得ようと、手探りを続けている」とある。また奥山氏の”あとがき”にも、「・・・・子どもを産んだ人、産まなかった人、産もうと思っている人、産まないかもしれないと思っている人。・・・」とある。けれど、「産めなかった人」とはどこにも書かれていない。


切望し努力したのに願い叶わず産めなかった人がどれだけ多いか。同じ子どもを産まない人生だとしても、自ら子どもは要らない、産まないと決断した人と、産みたいのに妊娠できずあきらめざるを得なかった人とでは、子どもを持たない意味合いがかなり異なると思う。そのニュアンスの違いは、掬い取ってもらいたい部分でもあった。社会の課題も見え隠れするし、子どもをあきらめた後も茶話会(わかち合いの会)が必要なわけはそこにあるわけだから。


でも、「産めなかった」という言葉はなかなかきつい。

当事者だからこそ使える言葉なのかもしれないとすると、編集者の方々の心遣いや配慮の表れなのかもなーと思ったりしている。




永森咲希

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